独立行政法人 地域医療機能推進機構 大阪病院

〒553-0003 大阪市福島区福島4-2-78

TEL. 06-6441-5451(代表)

オープンスクール
検索ボタン

独立行政法人 地域医療機能推進機構 大阪病院

TEL
Menu

2022年度卒業式 学校長 式辞

2022年度卒業式 学校長 式辞

本日ここに大阪病院附属看護専門学校を卒業される9期生33名皆さん、ご卒業おめでとうございます。大阪病院と看護専門学校を代表し、心よりお祝い申し上げます。また、皆さんをこれまで育て、励まし、支えてくださった、ご家族ご親族の皆様方にも、この場をかりて心からのお祝いと感謝の気持ちをお伝えしたいと思います。

3年前、皆さん方の入学と時を同じくし、私も大阪病院とこの看護専門学校に入職しました。

入学した途端に、コロナパンデミックの直撃でした。緊急事態宣言が発出され、授業も始まらず、始まったと思ったらオンラインでした。2年生からの病院での実習も、文化祭などの学内活動も、大いに制限されました。大変な3年間でした。

実は、皆さん方の1学年下からは私の授業があります。無かったのは案外良かったかも知れません。 が、本日の挨拶では、授業代わりに3つのお話をしたいと思います。

一つ目はネガティブ・ケイパビリティの話です。

今の時代、世の中は変化に富み、先行きは誰にも見通せません。誰も、今日の様な穏やかで春の明るい陽差しの中で一生を送りたいものです。しかし、人生、何時、何処で、何が起こるか解りません。実際、世界を見ると、コロナのパンデミックあり、ウクライナでは戦争で、ビルマでは圧政です。人生には晴れの日もあれば、雨の日も、吹雪の日もあります。どんなに困難な課題に直面しても、皆さんには、それを乗り越えるネガティブ・ケイパビリティを持って欲しいと思います。

ネガティブ・ケイパビリティと言う言葉は、詩人ジョン・キーツが弟に宛てた手紙の中で初めて使った言葉です。重大なあるいは困難な課題に対峙した時、急いで帳尻合わせの答えを出すのではなく、宙ぶらりんの状態にじっと耐え、最終的に真の答えにたどり着く能力です。キーツが言うには、シェイクスピアはこの能力を持っていました。

私は最近日本酒をたしなみます。有名な、香川の勇心酒造の徳山さんや、獺祭の旭酒造の桜井さんは、経営が非常に苦しい時代に、自分が納得できる本物の日本酒を造りたいと日夜努力して超一流の酒を造られました。単に金を儲ける酒なら、彼らであれば、もっと早く造れたと思います。そうではなく、会社としての理念や自らのパーパスを実現するものを追い求め、会社が潰れるかも知れないリスクを取って全身全霊で打ち込んだからこそ、今日の彼等があるのだと思います。

二つ目は、共感と人との繋がりの話です。

学習指導要領の「生きる力」によると、文科省は「思考力」、「判断力」、そして「表現力」が、これからの教育には重要だと言います。表現力~つまり、自分の気持ちや考えを相手に伝える力に教育の重点が置かれています。確かに、重要な力です。特に、政治家や芸能人、デザイナーや芸術家になるには、或いは出世するには「表現力」は欠かせません。でも私は医療者には表現力よりは共感力の方が大切だと思います。皆さん方には、患者や家族の気持ちが本当に解る人になって欲しいと思います。また、先程述べた、ネガティブ・ケイパビリティを持つ人になるには高いレベルの共感と寛容の力が必要だと言われています。

 「バスが来ましたよ」と言う絵本の話です。和歌山で実際にあった話です。目の病を患い30中半で視力を失ったYさんは、中学生の息子に手を引いて貰いバスに乗り、職場に通っていました。息子が学校を卒業すると、誰もバスに乗るのを手伝ってくれる人はいません。不安で「もう仕事を辞めようか」と思いながら停留所でバスを待っていた或る朝、背後から「バスが来ました」と女の子の声がします。そして小さな手がYさんの腰を押してバスに乗せてくれました。そこから小学生の女の子とYさんの交流が始まります。その日から苦痛であった通勤が、幸せの一日の始まりになりました。月日は流れ、その子も小学校を卒業します。「また一人で通勤か...」そう思っていると、別の女の子の声がします。「バスが来ましたよ」。背中に、また小さな手のぬくもりを感じます。誰に教えられたわけでもなければ、誰かにそうするように言われたわけでもなく、下級生の女の子がみよう見まねで始めたのです。気がつくとバスの車内では男の子が席を譲ってくれ、運転手が乗り降りに段差の注意をしてくれています。この「小さな手のリレー」は10年以上、Yさんが退職するまで引き継がれました。こうした行為はホモ・サピエンス特有の共感力と人と人との繋がり無くしては生まれません。皆さん方が卒業し、臨床の現場に出る際には、病む人に対する、或いはもっと普遍的に、人に対する共感力を持って働いて頂きたいと思います。

先日、NHKのニュースを見ていると、釜が崎のおっちゃんが出ていました。釜が崎はその日暮らしの日雇い労働者が集まるところです。おっちゃんが言うには、タダの空き缶で一儲けしたろ、と思い、半年図書館に通い詰め本を読みあさり、なにか売れるものでけへんかと勉強したらしいです。そして、半年掛けてビールの空き缶で、缶ビールを飲み続ける仕掛け人形を造ったそうです。勿論売れっこなんかありません。仕方なしに誰かの慰めにでもなればと公園で見世物にしたところ、近所の子供達が大喜び。これが反響を呼びおっちゃんは地域の人気者になったそうです。

インタビューで「最初は一寸ぐらい金になるかもしれんと思ったけど、金にはならんわ~。でも、人間幾つになっても褒められると嬉しいもんや。また造りとうなった。みんな、自分の居場所が欲しんや。少しでも繋がっていたいんや。繋がっていないと、例え、俺に住む家があっても、俺の居場所がなくなるんや」と言っていました。人に認めて貰い繋がって初めて人は幸せになるのだと思います。

三つ目は「自分らしい生き方」です。

ブロニー・ウェアと言うオーストラリアの介護士は数多くの人の最後を看取ってきました。彼女は、殆ど人の最後の後悔が「自分に正直な人生を生きればよかった」と言うことだったと述べています。

 私は今年67になります。昨年、孫娘ができました。先日顔を見に行くと、それまで機嫌の良かった孫娘は、私の姿を見るなりギャン泣きです。まるで化け物でも見るような目で私の顔を見て泣きます。一寸情けなかったのですが、同時にこの子が成人式を迎える日まで私は生きているだろうかと、ふと考えてしまいました。日本人の男性の平均寿命を遙かに超えないと実現できないと。

皆さんはまだ若いからそんなことはつゆも思わないかも知れません。しかし、人生は短く時間は限られています。私は、皆さん方の年頃であったのがつい先日のことのように感じられます。

アップルの創設者でありながら、そこを追い出され、その後潰れかけたアップルに戻り世界トップの企業に育て上げたスティーブ・ジョブスは、17歳の時、「もし今日が最後の日だとして、今からやろうとしていることを本当にするだろうか」と人生の選択をする時考えるようになったと言います。「違う」という答えが何日も続くようなら、ちょっと生き方を見直せということだと彼は言います。他人の期待や、人のドグマに従うのではなく、目の前の楽しみにふけるのでもなく、自分らしい生き方をせよとスティーブは言います。

昨年から今年にかけて、大阪病院では、私達の理念を考え直し、パーパスやビジョンを明らかにする活動に取り組んできました。まだ、まだ、道半ばです。これを個人のレベルで考えるなら、自分の価値観と人生のパーパスを明確にしようということです。価値観とパーパスがはっきりしていれば、「自分らしい生き方」を見つけるのは難しいことではありません。価値観とパーパスに沿って、感謝の気持ちを持ち、その日その時に集中し、今を全力で生きれば良いのです。過去を後悔するのではなく、未来を心配するのでもなく、今を全力で生きる。皆さん方も、自らの価値観とパーパスを見つけ、そしてそだて、自分らしい人生を生きて頂きたいと思います。 

最後に、あらためまして、皆さん、卒業、おめでとうございます。

共感力を持ち、人と人のつながりを大切にし、答えのでない問題に対峙した時にはネガティブ・ケイパビリティを発揮し、自らの人生を「自分らしく」生きてください。

皆様方のこの先に、幸多からん事を祈念し、以上で学校長の式辞とします。

おめでとう。

2023年3月3日

地域医療機能推進機構大阪病院附属看護専門学校

 学校長 西田俊朗

2022sotsugyoshiki_1