独立行政法人 地域医療機能推進機構 大阪病院

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令和7年度卒業式 学校長 式辞

令和7年度卒業式 学校長 式辞

 本日、ここに大阪病院附属看護専門学校を卒業される38名の卒業生の皆さん、ご卒業おめでとうございます。大阪病院並びに看護専門学校を代表し、心からお祝い申し上げます。また、ご家族ご親族の皆様にも、この場をお借りし心からのお祝いと感謝を申し上げます。

 3年前の2023年5月に、新型コロナウイルスの感染症法上の位置づけが2類相当から5類へ変更になりました。「ウィズコロナ」から「アフターコロナ」への転換の年でした。アフターコロナになった直後、入学したての皆さんに4コマほど講義をしました。医療倫理や医療安全の講義です。「医療倫理の4原則」とは、「手続き的正義」とはどんなことか、と言われても何のことか、ぴんと来なかったかもしれません。ただ、卒業し医療の現場に出ると、これまで考えたこともない出来事や、経験したことのない体験をします。正解のない問題にどう対処すべきか解らないままに、迅速な対応が求められます。その時に少しは役に立つかも知れません。スティーブ・ジョブズが言うように人生は振り返ってみれば解りますが、今生きている瞬間は、手探りでしか前に進めません。

 晴れの卒業式でこんな事を言うのもなんですが、人生を順風満帆で過ごすことができればそれにこしたことはありません。しかし、前途は決して穏やかな日ばかりではありません。様々な問題や課題が横たわっており、山あり谷ありの人生が待っています。昨年の卒業式で申し上げましたが、だからこそ人は幸せにもなれるのです。
今日は、その人生で良い人間関係を築き、幸せに過ごすヒントになるお話をさせて頂きます。

 中島伸子さんという人がいます。羊羹やカステラで有名な会社の前の社長さんです。
1972年、700人以上もの死傷者を出した北陸トンネル列車火災事故が起きました。中島さんもこの列車に乗っていて、事故に巻き込まれました。事故当時、4人掛けの席に腰掛けており、前の席には生後2ヵ月と3歳、そして5歳の3人の男の子を連れたお母さんが幸せそうに座っておられたそうです。そして事故が起きました。火災が発生した時、母親から「この子だけでも助けて」と長男の5歳の子を託されました。その子の手を取って炎の中を必死に逃げたそうです。しかし、煙に巻かれて意識を失い手が離れ、目覚めた時、避難先でその母子4人が亡くなったことを知りました。ご本人も気道熱傷で声帯がやられ、声が出ない状態が長く続きました。託された子を救えなかったという罪悪感。声が出ず目指していた教員の道が絶たれたという絶望感。結果、事故後何ヶ月も、何も手がつかず悶々と苦しむ日々が続いたそうです。

 或る日、見かねた父親からの手紙がありました。中にこう書かれていたそうです。「君は、自分の人生をどうするんだ。声が出なくても立派に生きている人は沢山いる。声が出ないことを気にするんだったら、自分だけのプラス1を探しなさい。それがあれば必ず人の役に立つ。辛いという字に一本足せば、幸せと言う字になる。それを忘れずに一所懸命生きていくことが、亡くなった人への恩返しであり、使命ではないか。」

 医療では、先程お話しした医療倫理の4原則を大切にし、正義的手続きを踏むように私達医療者は心がけます。また、そうすることを求められます。社会では、ルールを守り、公平で公正である様に、則ち、正義の倫理を大切にします。ただ、医療でも社会でも「ルール」や「正義」だけでは生きづらく、特に弱い立場の人は辛い目にあうことがあります。そこに相手の気持ちへ寄り添いがあって初めて、人と人の間に温かい繋がりができます。公平で公正であることに加え、相手への思いやりがあって初めて、良い医療が提供できるように思います。

 特に、今の世の中、社会も医療も複雑化し、価値観は多様化しています。こう言った世の中であればこそ、皆さん方看護師や我々医師には、公平や公正と言った従来の正義の倫理観に加え、キャロル・ギリガンさんの「ケアの倫理」が必用なのかも知れません。思いやりを持って接し、相手の気持ちに寄り添い、そのニーズを的確に捉えることで、本当に良い医療が提供でき、良い社会ができるように思います。

 中島さんのお父さんのメッセージは、『事故で犠牲になった人々への想いを大切にし、亡くなった人の分もしっかり生き、働き、社会に恩返ししなさい』と言う意味でした。中島さんは、そうありたいと思い、その後の人生を懸命に生きたそうです。臨時雇用の非常勤で入った井村屋で、やがて正社員になり、支店長になり、最終的には社長になりました。出世することを目的に働いた訳ではありません。顧客の気持ちに寄り添い、相手の立場で考え、会社や社会への、そしてトンネル事故で亡くなった人達への想いを大切にして、一生懸命に働いた結果、そうなっただけです。
中島さんは、仕事や人生で、様々な困難な課題やトラブルにあう度に、お父さんの言葉を思い出しました。「起こってしまったことはしかたない。前向きに捉え、生きよう。自分の人生のハンドルを握っているのは自分だけだ。相手の立場を理解し、気持ちに寄り添い、できるだけのことをしよう」とひたむきに努力したそうです。

 これから皆さんが就く医療の現場は、山あり谷ありで、時に辛い出来事が待っています。でも自分なりの医療や看護に対する想いを確り持ち、前向きに生きれば、それらは必ず乗り越えられます。正義の倫理に加えケアの倫理、つまり相手に対する思いやりや配慮を忘れずに生きていけば、良い人間関係もできます。結果として、山あり谷ありでも幸せな人生を送ることができるように思います。

最後に、皆さん方の今日の船出に幸多からんことを祈念し、学校長の式辞とします。
あらためましてもう一度、卒業、おめでとうございます。

令和8年3月4日

大阪病院附属看護専門学校 学校長 西田俊朗